米調理の歴史公開
2026-04-16 12:10:53

プレナスが日本の米食文化を未来へ伝える新コンテンツ「米調理の歴史」を公開

プレナスが米文化を継承する新しい試み



株式会社プレナスは、持ち帰り弁当「ほっともっと」や定食レストラン「やよい軒」、さらにはしゃぶしゃぶと本格飲茶を提供する「MKレストラン」、ラーメン店「KAYAVA.」等を展開しており、2026年3月末現在で国内に2,822店舗を有しています。これらの飲食店を通じて、日本の米文化を次世代に向けて継承する取り組みとして「米文化継承活動」に力を入れています。

このたび、2026年4月16日(木)に米食文化研究所のホームページにて新しいコンテンツ「米調理の歴史」を公開します。このコンテンツでは、古代から現代までの米の調理法の変遷を、わかりやすくまとめています。

米調理の歴史の見どころ



炊飯の工夫:羽釜の開発



日本における米の調理法には、多様な方法が存在しました。古代の甕(かめ)での煮炊きや甑(こしき)による蒸し調理などがその一例です。平安時代の終わり頃、つば付きの土器の釜が開発され、鎌倉時代には鉄製の羽釜が誕生しました。江戸時代の後期には分厚い蓋を持つ釜が普及し、これにより蒸気が密閉されることで米がより旨味を引き出されるようになります。

羽釜は、竈にぴったりとはめ込んで加熱することで、下からだけでなく横からも米を効率よく炊き上げることが可能です。少ない水で炊き、その後に中の蒸気でさらに米を蒸す過程は、現代の炊飯器の仕組みに近いものです。

自動炊飯器の登場



明治時代に入ると、ガスや電気が普及し始めます。そして明治35年(1902)には、全国初の「瓦斯竈(がすかまど)」が登場し、都市部を中心にガス炊飯が広がります。さらに、昭和30年(1955)には家庭用の電気炊飯器が登場し、炊飯が自動化されることにより家事の効率が劇的に向上しました。これにより、女性の家事負担も軽減し、生活様式にも大きな変化をもたらしました。

米食文化研究所の概要



新コンテンツ「米調理の歴史」は、2026年4月16日(木)の午前10時より公開され、詳細情報は以下のURLから確認できます:
米食文化研究所公式サイト

今後の取り組み



プレナスは今後も米文化の継承を目指し、様々な活動を通じてその魅力を次世代に伝えていきます。日本の歴史や伝統に密接に関連する米文化は、私たちの生活にも深く根付いており、その素晴らしさを広く知ってもらえるよう努めていく所存です。公式WebサイトやSNSを通じて、活動の様子も随時発信していきます。


このように、プレナスの米文化継承活動は、過去を振り返りつつ、未来に向けた大切な取り組みです。ぜひ、皆さんも「米調理の歴史」を通じて日本の米文化に触れ、その魅力を再発見してみてはいかがでしょうか。


画像1

画像2

関連リンク

サードペディア百科事典: プレナス 米文化 調理の歴史

トピックス(その他)

【記事の利用について】

タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。

【リンクついて】

リンクフリーです。